その書き込み、人間ですか? AIですか?
インターネット上で日々見かける「コメント」のうち、どれが人間によるもので、どれがAIによるものか──その線引きができる基盤を持っていることは、これから、想像以上に大きな意味を持つことになるかもしれない。
生成AIが一気に普及したいま、インターネット上には、フェイク画像や、商業的な意図を隠した扇動的な偽レビュー、なりすましアカウントが当たり前に存在するようになった。
インターネット上の「信頼」が揺らぎつつある時代に、オンライン上の「人間であること」の証明に取り組んでいるのが、「World ID」というプロジェクトだ。
OpenAIのCEOサム・アルトマンと、Tools for HumanityのCEOアレックス・ブレイニアによって開発されたWorldは、2019年当初から「オンライン上で人間の活動とボットの活動を、安全かつプライバシーを守りながら区別する方法を確立する」というコンセプトを掲げていた。
このコンセプトは、当時としては時代を先取りしていたように見えた。しかし、生成AIの普及に伴い、その重要性がますます高まっていくことを、開発者たちはすでに見越していたのである。
この記事では、Worldの人間性を証明する仕組みであるWorld IDの開発・運営・広報を担う「Tools for Humanity」の日本代表・牧野友衛氏と、角川アスキー総合研究所の取締役でビッグデータ解析基盤の設計に携わる吉川栄治による対談を通じて、その仕組みと可能性を掘り下げていく。
アカウントサービスなのに、個人情報は「集めない」
吉川「World IDは、生体認証によって『人間であること』を担保する仕組みを持っています。その一部で使われる虹彩認証は、昔からSF映画などにもよく登場していました。フィクションの世界だけでなく、虹彩は実際に人間の特異性を象徴する生体情報のひとつであり、ほかの認証手段と比べても高い精度などの点で優位性があると言われてきました」
牧野「はい。虹彩は偽造が難しく、年齢を重ねても変化しにくいという特性を持っています。 認証手段としてよく使われる「指紋」は、触れた場所に痕跡が残るため、実は比較的偽造されやすいという課題もあります」
吉川「その点、虹彩は人が人であることを証明する手段として、非常に適した生体情報ですよね。『ブレードランナー(1982年)』という映画に、人か人造人間かを判別するテストのシーンが出てきますが、World IDがあれば、あのテストがいらなくなる」
虹彩認証の優位性は、単に正確性だけではない。World IDの仕組みには、プライバシー保護と安全性という観点からの工夫もある。
牧野「また、World IDの大きな特徴の一つは、個人情報を私たちが保管しないという点です。Orbで撮影される顔や目の画像は、Orb認証時に『人間であること』と『過去にIDを登録してないこと』の確認にのみ利用されます。その後のデータは暗号化され、ユーザーのアプリ内にのみ保存されて、Orbから削除されます。また、World IDの登録に名前や電話番号、メールアドレスなどの個人情報の提供も不要です」
吉川「そこが、他の多くのサービスと根本的に異なる点ですね。大抵は個人情報をクラウドに預ける形になりますから」
牧野「情報はサーバー側には残りませんし、私たちはユーザーの個人情報を一切保持しません。プロジェクトの未来的な印象に反して、実際にやっていることはとてもシンプルなんです。人間であることを確認して、それを証明するIDを発行する。ただそれだけです」
現在、多くのウェブサービスでは、メールアドレスや電話番号での本人確認が一般的だ。これらは流出リスクがあり、時には闇市場で売買され、悪用されてしまうことも珍しくない。
World ID は、その人が「誰であるか」という個人の身元を確認するものではない。というのも、そもそもWorld IDは「その人が誰か」を知ることができない設計になっているからだ。
代わりに、World IDは「その人が唯一無二で、実在し、生きている人間であるかどうか」を確認することに特化しており、個人の身元を知ることなく、それを実現している。
そうした中で、World IDのように「人であることそのもの」を証明する仕組みは、匿名性を担保した新しい信用基盤として注目されている。例えばチケットの転売対策や、オンライン投票といった「一人一票」が求められる場面では、ボットではなく「本物の人間かどうか」が重要な意味を持つ。World IDは、そのような場面で活躍が期待されているのだ。
